凹むのにも年齢制限があると思う

散歩中の一風景

買い出しを兼ねて散歩していた時に見つけた言葉です。
住んでいるとこからほど近くのお寺に掲示される言葉なのですが、日によって「ふーん」「へー」「そうだね」とそれぞれ思うようなことが書かれています。

考えてみると、住職さんは毎日これをされているわけですから、労働量自体はしれていますが、やはり毎日続けるというところがすごいなあと単純に感心してしまいます。

我が家からの徒歩圏内はこのようなお寺さんが何軒かありまして、それぞれが言葉を手書きで掲示するところから、業界での出来合いの慶事用ポスターみたいなものを毎日変えるところ、あまりそういうところには気を使わないところ・・この一点をとっても考え方に違いがありそうで面白そうです。

なかなか、お寺さんは敷居が高い感じがして、神社ほど気軽にお参りできないのが難点ですね。

大きく凹む事が許されるのは40歳位までじゃない?

誰かがそのように定義しているわけではなく、あくまでも自分がそう思っただけなんですけどね。

やはり会社勤めをしていた時のことを思い出しますと、40過ぎて中途入社した会社であろうと、40を過ぎている時点でお客さんなんかは『このヒトは新入りだけどちゃんと分かっているヒトなんだ』と言うような態度で接してきます。
ですから、最初はそれが辛くて仕方がなかったのですが、ある程度知識がついてくると、他の業界にいた人間でも、この時のパターンは・・というように応用が効きだして、一気に進化をしだす時期がやってきます。

逆に、そこで幾何級数的な進化が出来なかったら、役立たずのレッテルを貼られることになるんでしょう。

今でもふっと、役立たずでもクビを切られない程度で頑張ることが出来れば良かったのに・・と思う事があります。

さて、先ほどの幾何級数的に進化をするためには、40歳位までの間にどれくらい色んな経験をさせてもらったかとか、その経験からちゃんとパターンを学習してきたかということに尽きるのではないかと思います。
逆に言いますと、パターンに無いような仕事の時は、熟練者でも新入社員でも対して結果には差が発生しないはずなんです。ですけど、もし仮にパターンにない案件の処理を間違えたとしても、新人と熟練者の間にはその失敗をした後のフォローの度合いが違うことで、大きな結果の違いを生むこともあります。
こういうところは経験に依るということになるんでしょうけど、その経験のためには、失敗の時にキチンと凹んで反省をしておかないといけません。

それが50を過ぎて大きく凹んでしまうような反省をしてしまうような事態を起こすということは、下手をすると会社の屋台骨を揺るがすような事件になってしまうのかもしれません。
そういう意味で、凹むのにも年齢制限があるんじゃないだろうか?と書いた次第です。

反省すべき時は当然に反省すべきですが、できるだけいい歳になってきているわけですから、大きな反省をしないといけなくなる前に消火するような動き方が出来るようにしておきたいですよね。



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