謝罪会見は幽霊対策

日本独自の謝罪会見

外国人が日本の独自文化の一つとして、謝罪会見の多さについて不思議な文化の一つだと言っていたのが印象にあります。

確かに、その昔、シンドラー社のエレベーターの安全装置が十分に働かず、不具合が頻発したことがあった時にシンドラー社の社長さんが日本に来られて、会見を行ったんですが謝罪無しで事実のみを伝えるような形になって、かなり紛糾したのを記憶しておりますが。

そもそも日本の謝罪会見というのは、日本人のマジョリティ層のど真ん中より少し下に属する自分としての解釈を述べさせてもらうとすると、世間一般の人に「普段の平安な生活を乱してゴメンナサイね」という意味があるのだと思うのです。

ですから、シンドラー社の社長さんは2回めの会見の時は「お騒がせして申し訳ありません」と謝りましたが、多分、本人は何故当事者でもない連中に頭を下げないといけないのか理解できなかったのではないでしょうか?

横綱が同郷の力士との飲み会で、殴って怪我を負わせて引退会見を開くそうですが、そのときも謝罪が先にくるのだと思います。
「世間をお騒がせして申し訳ありません」という感じで。

日本という国では、人様の「平安な時間を過ごす権利」という良く解らないものがきっと確立しているのでしょうね。

僕は正直当事者でもないのでどうでもいい話ですし、出来ればシンプルな形が一番いいと思うので、今回の審議委員会の偉そうな人たちみんな居なくなれば良いなあと思っています。

暴力を振るうのは勿論ダメですけど、そういう土壌があることを知っていて何もしなかった人間たちが、「けしからん」と怒ったり「横綱としての品位が」ということ自体、おこがましいというようなきがするのです。

宗教的に見てみると


前提要件として、僕は宗教家ではないのでよく知りませんけど、例えば日本では幽霊を怖がりますよね。

昔で言えば、柳の下に足のない和服を着た人が驚かすやつとか。

こんなやつですね。

この幽霊は柳の下に現れて、通行人に無差別に自分の無念を「うらめしや~」といいながら訴えるわけです。
場合によっては、憑依してその人を呪い殺したりするらしいので困りますね。

だって、その人がその通行人に対してではなく、そもそもの原因を作った人に対して「うらめしや~」で呪い殺すのなら何の問題もなく、むしろ死んでまで自分の思いを果たしたわけですから、賞賛されてもいいレベルとも言えなくはないのでは?思うのです。

ですが、柳の下で無差別に「うらめしや~」というのは、もう「ムシャクシャしてやった。相手は誰でも良かった」という年に数回あるタイプの一番厄介な事件のタイプです。

結局、テレビ局がコンテンツを作り出す能力がないということが一番の問題点ではあるのでしょうが、それに加えて、今まで見てきたような幽霊の「うらめしや~」が怖いから、まずは謝罪を行なっておくかというのが謝罪会見の根底にあるような気がしてなりません。

柳の下に幽霊が発生する原因は、きっとこういう感じになっているんでしょうからね。
騒ぎを起こす→事件の被害者の恨みが残る→世間一般に迷惑がかかる

・・だから騒ぎを起こしたら、まずは当事者でもない人たちにも対して謝るという流れ。

謝罪会見を今日も1日テレビで見ることになるのでしょうが、謝罪会見について少しだけ斜め下の方角から見てみましたが如何でしょう?
結構いい線いってるような気がするのですが。(^_^;)



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